ブラック企業がなくならない理由は、バカが多いから

ブラック企業叩き、相変わらず流行ってますね。
事ある毎にブラックブラック。
数年前にはブラック企業大賞なるものまで出来て。


実は僕も若い頃、ブラックと呼べる会社を2度経験してます。ここで書いたうんこみたいな会社とは別に2度です。

今回はそのうちの一方、若かりし日の゛何事も経験゛信者だった僕が、マトモな会社じゃないのだろうとわかっていながらも飛び込んでみた「訪問販売の営業」。今から20年ほど前の話です。


歩合制給与(推定詐欺)

訪問販売の営業ですので給与はもちろんノルマ制の歩合給でした。

基本給十数万円に、一定成約件数(以下ノルマ)以上で給与に一定額が加算され、以降は一件につき数万円ずつアップ、という内容です。

例えば、
基本給17万
ノルマの5件達成で17万から40万
以降1件成約毎に5万UP
てな具合です。件数や金額は適当ですが。

なので理論上は月収100万円以上も可能です。

しかし現実はそう甘いはずもありません。販売していたものが1件40万円、しかも即日契約が原則ですのでそうそう成約するものではなく、はっきり言って社員にとっては詐欺クラスのノルマ条件です。

だってお客さんからしたら40万円を即決するんです。これは難しいです。今まで欲しくてずっと探してたってレベルでも普通の家庭ではなかなか「じゃあ買います」とはならない金額です。

まぁ、ちゃんと稼いでいた人がいたのも事実なので詐欺とまでは言えないかもしれませんが、四捨五入すれば詐欺と思います。詐欺と言いたい。


未知の日本語「所定労働時間」「残業代」

だいたい二~四人のチームで行動するのですが、定時などもちろんあるわけがなく、夕方頃にチームとして成約(売上)がないと、会社にいる上司から電話で怒鳴り散らされ、売れるまで帰るなということになります。

一応法律か何かで夜の8時以降にピンポンはできない決まりだったのですが、成約がないとそっから車の中でチームリーダーからダメ出し目的のミーティング。なので家に帰れるのは日付がかわることも多かったです。

全体的に成績が芳しくない場合は、夜中に全社員が現場(訪問販売するエリア)から会社に召集され、2時間ほど上司の罵声にメッタ打ちの目にあいます。終わるのが3時を過ぎて4時帰宅→7時起床→8時出社ということが月に3回くらいありましたよ。
疲労で早く帰りたい一心ですので、くだらない罵声などほとんど耳に入りません。この世で一番無駄な時間だったと思います。

残業代?んなもん出るわけないです。

マトモな給与明細もなかったから、もしかしたら残業代の枠すらなかったかもしれません。
裁量労働制やみなし時間外手当などの言葉も概念も、もちろんないです。



福利厚生

あるかそんなもん。と怒りたいくらいなかったです。

交通費どころかノルマを達成しないと営業活動で使った高速代も自腹でした。ちょっと思い出せないけどガソリン代も自腹だったような。

一応寮はありました。
寮と言っても ゛福利゛する気など全く無い寮。会社借上げの単身用ボロマンションで、かなり劣悪でした。僕は実際に利用してました。


場所は東大阪で駅から徒歩15分、は良しとします。
しかし高速道路の高架下で日当たりはゼロ、家の周辺は工場か廃墟。20000円でも借りたいと思わない”寮”、光熱費を含めてもせいぜい45000円が妥当と思えたこの環境ですが、会社に差っ引かれた家賃代は月85000円。゛福利゛どころか余分に徴収されてたと思います。

しかも入居してからの1週間はガスが不通で風呂にも入れず、桶に水をためてタオルで体を拭き洗面所で頭を洗う日々でした。季節は3月下旬。これには参りました。ほんと辛かった。

この時点でこの会社腐ってると確信しましたよ。

社風の気色悪さ

朝礼ではその日ランダムに指名された従業員2名程が順に社訓を絶叫させられます。

キチ◯イのような社訓を、血管切れそうな勢いで叫ぶんです。
今の時代であればこの光景を動画録ってアップしたいくらいです。

そのあと課単位で朝のミーティングがあるんですが、そこで各自、本日と今月の目標成約件数を宣言します。これもやはりほぼ絶叫です。俺気合い入っとるぞ、と言うわけですね。絶叫ですので何言ってるかわからないことも多かったです。

例えるなら族です。族の集会です。

また売上が悪いと社長の営業トークビデオ見させられます。社長は営業トークの神様のように扱われており、いわゆるカリスマでした。僕も一応は「憧れてます」と目をキラキラさせておきましたが、もちろん大ウソです。

社訓、絶叫、族の集会、カリスマ。どれも気色悪かったです。

愉快な仲間達

言っちゃあ悪いけど従業員にマトモな素性の人間などいませんでした。

3割程は自己破産者や借金のブラックリストだったように記憶してます。「ブラックリストだから色々と大変」的な事を誰彼構わずヘラヘラと公言してましたから。相当頭が悪いんだと思います。

そのような窮地にある人もそうでない人も、お金を稼ぐよりサボることを優先してしまう、会社にやらされてる、というスタンスの人が多いのが印象的でした。
自分のおかれた境遇なのに何故か他人事なんですね。

皆さん素行も荒く、何度か「おまえ、顎割ったろかコラ」と先輩社員が後輩社員にすごんでたのを思い出しました。胸ぐらや首根っこ掴んで引きずり回してましたが、どんなレベルの無礼をすればそんな目にあうのか。一般社会ではそうそうないはずです。

顎割るとか相当怖いですけどビーバップの観すぎと思います。

歩き過ぎて腰いわした

ドアツー1日300件が会社としての目安でした。

ドアツーとはどんな字を書くのかわかりませんが、玄関先やインターホンで対話をするというような意味です。対話をし、改めて訪問してよいかのアポイントをとるんです。

100件ドアツーで1件アポイント成功、3件アポイントで1件成約というのがよく聞かされたフレーズ。

現場で実際に訪問販売をする時間は午前9時頃から午後8時頃までの約11時間で、その内多少の昼休憩やエリア変更時の車移動、クロージングなどを差し引いた4~8時間は毎日歩いてました。距離にして15キロ~20キロはあったかと思います。要は、とりあえずお前ら大したことできないんだから数打って当てろと。

クロージングというのは、アポイントに成功した家で成約に向けた商品のプレゼンをお客さんにする事です。 一件0.5~2.5時間くらいかかります。

まぁ毎日こんだけ歩きますので、靴はすぐに履き潰れます。ズボンもすり減ります。足の毛はすれて薄くなりました。

もちろん、こんなことしてたら身体が黙ってるわけもなく。
辞めた後にヒドイ腰痛になりました。

一時期は腰と首が固まって動けず、母親に付き添ってもらい通院しました。情けないことにほぼ要介護状態で、ケツを拭くのがギリギリの生活。どうやら首から腰にかけての靭帯が固まってしまったようです。

その状態は数日で何とか改善しましたが、腰痛は一年以上続きました。
情けなく、あの時期は多少自暴自棄にもなってたかもしれません。

結構、凹みましたから。

辞める


話を戻しまして、
最初から長く続けるような仕事ではないのはわかってたので、1年で辞めるつもりでした。

しかし実際には1ヵ月と数日で辞めました。

辞めた理由はあまりにも過酷で劣悪な仕事だったなど色々あるけど、直接の理由は給与面で騙されたからです。

実は僕、新人としてはかなり優れた営業成績をあげ入社1ヵ月目からノルマを達成したんです。
ノルマ達成と未達成では給与の額面が倍ほど違いまして。今まで受け取ったことのない金額の予定だったから楽しみで楽しみで。

それが払われなかったんです。

当時の僕はある事情で1円でも多くのお金が必要な時期だったのもあって、会社側の言い分には愕然とし殺意さえ覚えたんですが、その言い分とは「入社半年はノルマ達成給与の適用はない。ただし研修手当として月2万円は支給するから」というものでした。2万円だとノルマ達成で受けとるはずの額の10分の1程しかありません。

最も腹立たしいのは、この話、面談時には聞かされてなかったんです。一切触れてなかった。いざ今月の給与確定って日に初めて知ったんです。

僕も面談時は唯一の資料として登場した「ノルマ達成時とそれ以降の成約件数毎の給与額一覧表」だけに目がいってしまい、就業規約などを求めなかったのが悪かったのですが。

もうね、大変だった1ヵ月間と、目の前の希望が一瞬にして絶望に変わったこと、上司の人を小バカにした顔とが相まって、本当にこの時だけは危うく手が出そうでした。

その場で辞めました。

その後

まさに搾取目的の底辺組織という言葉がピッタリな会社でした。

辞めてからは一旦実家に帰ったわけですが、その数日後に腰痛を発症し2ヵ月程の療養が必要になりました。
仕事1ヵ月+療養2ヵ月=3ヵ月の無駄な時間を費やしたことは事実としてあります。正味さらに一年程は腰痛持ち生活でしたけどね。

反面、異世界が見れたという意味では悪くない経験だったともちょっと思ってます。実家暮らしの間は友達の家の事業の手伝いとして仕事をさせてもらってたんですが、今まであまり真剣に考えてこなかった働き方に対する問題意識と自分の在り方を明確に考えられるようになったことも事実です。


一応、得たものがあったのかもしれません。

さいごに

しかし一歩間違えてたら、腰をそのまま悪化させ今みたいなデスクワークができなかったかもしれないし、激務により精神を患って未だに再起できてないかもしれない。
はたまた、悪い縁に導かれ元の世界から足を踏み外し、塀の中で生活してたかもしれないし人知れずどこかでノタレ死んでたかもしれない。

可能性は大いにあったかと思います。


人を潰しても何とも思わないような、共存する気などこれっぽっちも無いような社会の底辺企業。くれぐれも出会わないよう、出くわしてもすぐに全力で逃げるようにしたいものです。戦っちゃダメです。バカと戦うのはダメ。


さいごのさいごに、
言いたかったことをもう1つ。誤解を恐れずに言うと、それは働く側にもバカがいるということ。これは残念ながらあると思ってます。雇う側雇われる側双方にバカがいる限り、ブラックがなくなることはない。

雇う側のバカなど放っておく。付き合っちゃダメなんです。


置かれている状況から目を反らさず解決に向けちゃんと向きあえる知性が必要。僕はそう思ってます。

僕が訪問販売で売り歩いてた商品は確かなものだったのかもしれないけど、悪事に加担した感じが払拭できないです。前言とちょっと矛盾しますが、もう少し考えるべきだったとも思います。お金を手っ取り早く稼げそうだと短絡的だった面があり。当時、僕はバカでした。


今はブラック情報など瞬時に拡散され就業経験のない若い人達にも就業や会社自体の良し悪しが情報として入ってくる時代になりました。情報の取捨選択や正否の判断は必要ですが、ブラック経営のバカ達を見極め、くだらないことに付き合わされることのないよう活用してほしいです。






おわり。

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